KOKOサーチイン
KOKOサーチイン
おすすめの宿(観光地周辺)
四季彩の丘(北海道美瑛町)
Shikisai no Oka (Biei, Hokkaido)
Now Loading...

Now Loading...

5~20秒程かかります



武田氏館跡の周辺情報

※本ページはプロモーションが含まれています

武田信虎が永正16年(1519)に築き、天正9年(1581)まで信虎、信玄、勝頼がその本拠としたもので、東西284m、南北193mの内郭に土塁・堀をめぐらしている。内郭は東、中、西の曲輪に分かれ、これに北曲輪、南に梅翁曲輪がついたものであった。城というよりも代表的な居館であり、武田氏の盛時、信玄はここで8ケ国にまたがる政治・軍事の主導権を握った。いまは、土塁・堀・石垣などが残され、当時の本丸付近に武田神社がある。◎武田信虎(1494-1574)石和生れ。戦国の甲斐の守護大名。国内を平定し武田家飛躍の基礎を築く。天文10年長男の晴信に追われて駿河に隠棲。のち京都にのぼり伊那高遠城で死去。◎武田信玄(1521-73)甲府生れ。戦国時代の大名。近隣8カ国にまたがる甲斐合衆国を形成。天下に号令しようとして、大軍をひきいて上洛の途についたが、途中で病死した。
山梨県甲府市古府中町・屋形三丁目・大手三丁目
最寄り駅:甲府駅
(1)甲府駅からバスで10分













おすすめ周辺情報

周辺情報